Saturday, August 7, 2010

お茶

僕らの間に物理的だけではなく、時代的な距離もあった。アメリカの西海岸から京都に電話したら、16時間前にタイムトラベルするような気がします。でも、45歳の大学の先生にとっては、22歳の学生と接することも、タイムトラベルのようだ。僕らの一緒に歩いていた共通地面が自分の文化とのつながりだ。あるいは、そんなつながりの無感だ。なんとなく僕らはよそ者としてお互いに引っ張られた。
「おはようございます。」と僕は始まった。
「間違ってるよ。もう晩ご飯を食べたよ。」と相手は笑って、言った。その声の後ろには、ジャズの曲が美しく盛り上がっていた。相手の広いリビンルームには、エリントンのオーケストラが溢れていた。それと、相手の猫の独特な匂いを想像した。
「サンタクルーズはどう?」と僕は聞いた。
「いつものようだ。ここを通る人々が変わるけど、この町があまり変わらないと思う。40年ぐらいそんなに変わってないよ。」
「相変わらず。お茶をやってる?」
「もちろん。夏休みだよ。お茶がないと、心がうまくいけない。庭にも毎日働いてる。ちゃんと焼けたから、驚かないようにね。」と相手が注意してくれた。
「了解、驚かないように気をつける。約束だ。」
「どうも。さあ、学校はどう?」
「最近大変だけど、しかたがない。我慢しないと。でも、友達とうまく出かけてるから、大丈夫だと思う。こんな生活を楽しめるようになった。」と僕は報告した。
「へー、そうなんだ。恋人が出来たらしくて、おめでとうございます。どんな人だろう?」
「いないよ。普通の友達と一緒に遊んでるだけだ。でも、楽しいよ。」
僕らの会話に沈黙が来た。でも、エリントンのピアノが不思議に素敵に続いた。相手が何も言わなくて、信じてくれないかもしれない、と自分に思った。
「来月京都を訪れるから、ちょっと待ってね。」と相手は甘く言った。「一緒にお茶をやる?」
「もちろん。」
受話器を置いてから、どこかへ逃げてしまうべきかどうかを本当に知りたくなった。

1 comment:

Anonymous said...

so true eric.