
音楽の世界で秘密的なクラブがあって、このクラブは世界で何よりもクールだ。物理的ではなく、形而上のクラブだ。名前が要らないほどクールで、一名のメンバーでももう存在していないほどクールだ。でも、このクラブより大事なのは、クラブの一名のメンバーだ。そのメンバーはピチカート・ファイヴというバンドだ。
野宮真貴と小西康陽で代表され、ピチカート・ファイヴは90年代「渋谷系」のバンドとして現れた。実際に、80年代に始まったけど、90年代野宮が加わってからピチカート・ファイヴはこの姿になった。まるでデイヴィッドボウイとトィーギーはコミックの超人を作ったように、野宮真貴は宇宙より大きい存在で歌ったりする。魅力的でちゃんと計算した自信を持っている。小西康陽は裏に隠れている天才のように歌を作曲して、ギターやベースやキーボードを弾く。小西は象徴的なヤギひげとネクタイがあって、なぜこのバンドだけはあの秘密的なクラブに入っているのか、僕にもよく分からない。
歌詞はよく簡単な言葉を使うにかかわらず、時々社会的な問題や哲学的な問題に言及する。歌っていることが分かりやすいけど、本当に歌っていることが分かるために、もっと考えるのは必要だ。大抵欧米の60、70年代のポップの影響がはっきり聞こえて、バンドの格好がその影響を確認する。無邪気に嬉しいホーンが出たら、僕は1968年のヴァラエティー・ショーで演奏するバンドを思い出す。時々ダンスの歌もあって、たまにボサノヴァの歌もあって、最高のバンドの「義務エクスペラメンタール」の歌もある。どんな歌でも、ピチカート・ファイヴは聞き手を自分の世界に引き入れる。そんなことをするため、いつも人の波長に合わせるのは必要だと思う。僕だけはこんな印象を受けたかどうか分からないけど、僕がどんな態度があっても、ピチカート・ファイヴは僕の波長に合わせる。
一日中ピチカート・ファイヴの格好について話せるけど、その格好は音楽から聞き手の心を全然逸らさない。野宮真貴は毎日タイムトラベルして、現在から行ったり来たりして、色々な時代と場所からの洋服を着る。彼女の髪型はトム・ヨークの髪型より変わる。どんな洋服でも、どんな髪型でも、野宮真貴はいつも心を籠めて作った格好をしている。逆に、小西康陽はあまり変わらない。大抵ボールカットの髪型があって、簡単な眼鏡をしていて、グレイなスーツを着る。そんな簡単な格好はいつも野宮真貴の目覚ましい格好とコントラストがあって、テーマのようだ。時々この二人は同じテーマにした。それもいいけど、彼らのコントラストの方が彼らの音楽に合っていたと僕は思う。
このバンドは有名にならないで成功した。日本のアンダーグラウンドで流行って、ミュージックビデオをたくさん作れたり、カリフォルニアのラジオ番組で演奏したり、世界でツアーが出来たり、アメリカのドラマで歌が使われたり、17年間活動したりした。何と言ってもそれは成功だ。でも、なんとなくあまり有名にならなかったような気がする。カラオケで僕はピチカート・ファイヴの曲を選んだら、日本人の友達が全然知らなくて、まるでレストランで昼ご飯の代わりにデザートを食べたように、彼らはちょっとびっくりした反応がある。色々な友達とカラオケを歌ったことがあるけど、毎回同じ反応がある。現在あまり知られていないけど、もしかしてヴェルヴェット・アンダーグラウンドのように大衆文化での節度の成功のおかげで、20、30年後批評家にほめられるようになるかもしれない。その日が来るまで、何よりもクールの秘密的なクラブの一名のメンバーとして存在して残る。60年代のタイムカプセルから出たばかりのように、ピチカート・ファイヴは懐かしい感じがある。時間が過ぎて彼らの90年代も速く歴史になっているので、聞き手の僕らはいるかぎりその懐かしい感じが増えていくしかない。
ピチカート・ファイヴのビデオ
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